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海原小浜の子供は現在ちゃんこ屋を経営!戦中戦後の激動を生き抜いた漫才師が逝く

海原小浜(うなばらこはま)さんが、クリスマスイブの24日に大阪市内の病院で亡くなりました。
1924年4月15日生まれですので、満93歳没という事になります。

大正13年に生まれ、昭和、第2次世界大戦、戦後、高度経済成長、バブル、平成、バブル崩壊と、日本の歴史を見守ってこられた生き字引のような方が逝ってしまわれたのです。

現在は完全に芸能界から引退されていましたが、21世紀初頭まではテレビでご活躍されていました。
そして子供は現在、大阪で元気に商売をなさっています。

そして孫の海原やすよ・ともこコンビは、上方漫才大賞を受賞したのです。






海原小浜プロフィール


「海原お浜」と「海原小浜」から成る漫才コンビ「海原お浜・小浜」として活躍しました。
2人とも芸名で、苗字・名前共に本名ではありません。

両親が芸人関係の仕事だったため、4歳の幼さから舞台で活躍します。

母が死にそして父も死んだため、若干9歳で子供座長を務めていた海原小浜が、17歳の叔母さんの海原お浜を呼んで1933年に「ハッピー姉妹」を結成します。

戦中及び戦後の大変な時代の待遇は決してよくはありませんでした。
ギャラが食事代と交通費だけだったり、牛小屋で宿泊したりしていました。

苦労したかいがあり、40歳を越えた1967年に上方漫才大賞を、そして1975年には上方お笑い大賞を受賞します。
1976年には相方の白内障によってコンビを解消し、その後小浜はタレントとして活躍します。

海原小浜の最近のテレビでの活躍


最後にテレビに出演した情報は、下記の6番組です。
  1. 2001年12月9日:平成13年度NHK新人演芸大賞
  2. 2001年11月10日:第31回NHK上方漫才コンテスト
  3. 2001円1月17日:水曜サスペンス(再放送)「京おとこ京おんな連続怪死事件・東京マドンナ警視VS京都万年ヒラ刑事」
  4. 2000年11月3日:平成12年度NHK新人演芸大賞
  5. 2000年10月13日:ミヤコ蝶々・芸一筋泣き笑い
  6. 2000年10月9日:ドラマ特別企画「真夏のクリスマス」 「真夏のクリスマス・限りある命の恋人に、さんまが贈る最後のクリスマスプレゼント」
まだ70代だったという事もあり、1年間に2~3回くらいは出演されていたのですね。
その後に引退なさったのだと思われます。






長男は漫才師の海原かける


海原小浜さんは浪曲師の石川玉若氏と結婚し、一男一女をもうけます。
長男は一度は三洋電機に勤めますが退職し、初代海原めぐると共に「海原かける・めぐる」を結成します。
そして三洋電機時代の同僚を二代目の海原めぐるとし、二代目の「海原かける・めぐる」として再スタートします。

その二代目めぐるが、後の池乃めだかとなります。

二代目海原かける・めぐるは、1975年に上方漫才大賞新人賞を受賞しますが、2年後の1977年にいきなり解散し、それだけではなく、引退してしまうのです。
これは前述の「海原お浜・小浜」の解散に何らかの影響を受けたのではないでしょうか?

長男の海原かけるは現在ちゃんこ屋経営


長男は引退後、スポーツ用品店経営や板前修業を行います。
そして2010年代に、自身がオーナーのお店を開店します。
そのお店の名前は「ちゃんこ鍋dining うなばら」です。

店舗情報は
〒542-0012
大阪府大阪市中央区谷町9-2-12
ホワイトハウス谷町 B1F
TEL:06-6763-1388
営業時間:17:00 ~ 23:00
定休日:日曜日
各種コースが3500 ~ 4000円というリーズナブルさ
となっています。

海原やすよ・ともこ


漫才コンビ「海原やすよ・ともこ」は実の姉妹です。
そしてこの姉妹は、前出のちゃんこ鍋経営・海原かける氏の娘なのです。
つまり海原小浜さんのお孫さんなのです。

その海原やすよ・ともこは、2012年4月14日に開催された「第47回上方漫才大賞」で大賞を受賞しました。
受賞時の画像は こちら です。

お婆さんの海原小浜さんが受賞した賞だけに、妹のやすよさんは
「本当に欲しかった賞」
と涙しましたのでした。

厳しい時代を生き抜いた偉大なる先達


海原小浜さんは
「最近の若い人は勉強が足りない」
とおっしゃっていました。

現代のおっさん、おばはん達がそういう事を言った場合
「お前も人の事言えない」
と言い返される事でしょう。

しかし海原小浜さんは、戦中、戦後に前述の様な苦労を重ねてこられたのです。
その言葉の重さは、今のおっさん、おばはんとは訳が違います。
また1人、偉大な昭和が亡くなって寂しいかぎりです

厳しい時代を生きてきた海原小浜さんの幸いだった事は、孫の海原やすよ・ともこが大賞を受賞したのをその目で見られた事でしょう。
子供だけでなく、孫が立派になった所を見られたなら、もう悔いはないことでしょう。






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